なぜ「耕さない」のに「草は刈る」のか?|中程度攪乱仮説を完全解説

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なぜ「耕さない」のに「草は刈る」のか?

「自然農」という言葉を聞くと、多くの人がこうイメージします。

「自然のまま、何もしないで野菜が育つ農法でしょ?」

しかし、実際に「何もしない(完全放置)」で野菜を作ろうとすると、ほぼ間違いなく失敗します。あっという間に背の高い草に覆われ、野菜は消滅してしまうからです。

自然農の実践者は、耕しはしませんが、鎌を持って畑に入り、適度に草を刈ります。

「耕さない(不耕起)」のに、なぜ「草は刈る(攪乱する)」のか?

この一見矛盾する行動の裏には、「中程度攪乱仮説(Intermediate Disturbance Hypothesis)」という、生態学の重要な法則が隠されています。

今回は、この理論を使って、自然農の「草管理の正体」を解き明かします。

目次

生態学の黄金ルール「中程度攪乱仮説」とは?

「攪乱(かくらん)」とは、台風、洪水、山火事、あるいは人間による耕起や草刈りなど、環境を変化させる出来事のことです。

そして、この仮説の結論はシンプルです。

「攪乱が『中くらい』の時に、生物の多様性は最大になる」

なぜそうなるのか、畑を例に3つのパターンで見てみましょう。

① 攪乱が「強い」場合(慣行農法の畑)

  • 状況: トラクターで頻繁に耕起され、草一本ない状態。
  • 結果: 環境の変化が激しすぎて、すぐに成長できる一部の植物しか生きられません。
  • 多様性: 低い

② 攪乱が「弱い」場合(放置された畑)

  • 状況: 何年も草刈りをせず、放ったらかし。
  • 結果: 環境が安定しすぎるため、競争に強い特定の植物(ススキ、クズ、セイタカアワダチソウなど)が場所を独占し、他の植物の居場所がなくなってしまいます。
  • 多様性: 低い

③ 攪乱が「中程度」の場合(自然農の畑)

  • 状況: 適度な頻度で草刈りが行われる。
  • 結果: 独占しようとする草が増えすぎると刈り取られる(リセットされる)ため、一種類の植物による支配が防がれます。その「隙間」で、競争よりも変化を好む草や野菜も生き残ることができます。
  • 多様性: 最大(高い)

つまり、自然農で草を刈るのは、「放置すると起こる『特定の草による独占』を防ぎ、野菜たちにも席を用意してあげるため」なのです。

植物には「2つの生き方」がある

ここで少し、植物たちの「生き残り戦略」について触れておきましょう。

畑に生える植物は、大きく2つのタイプに分けることができます。

  1. スピード重視のタイプ:
    身体は小さいが、成長が早く、変化の激しい場所が得意。
    (例:多くの野菜、ハコベなどの一年草)
  2. 安定重視のタイプ:
    成長はゆっくりだが、身体が大きく、一度場所を取ると強い。
    (例:ススキ、樹木などの多年草)

生態学では、前者を「r戦略」、後者を「K戦略」と呼びます。

この違いを知っていると、なぜ草刈りが必要なのかが、より深く理解できます。

畑は放っておくと「森」になる(遷移の罠)

この「r戦略」と「K戦略」の視点を持つと、畑で何が起きているかが見えてきます。

植物の世界には、「遷移(サクセッション)」というルールがあります。

更地(裸地)からスタートした土地は、放っておくと以下のように変化していきます。

  1. 一年草の草原(r戦略の世界:野菜の居場所)
  2. 多年草の草原(K戦略の世界:ススキなどの独占)
  3. 森林(K戦略の極み)

私たちが育てたい「野菜」は、ステップ1(r戦略の世界)の住人です。

しかし、自然の力は強力で、常にステップ2、3へと進もうとします。

もし草刈りの頻度が低く攪乱を弱めると、畑はすぐにステップ2(K戦略の世界)へ移行します。こうなると、r戦略である野菜は、K戦略の圧倒的なパワー(高さと根張り)に場所を奪われてしまいます。

自然農とは、草刈りという「攪乱」によって、森へ進もうとする自然の動きにブレーキをかけ、常に「ステップ1(一年草の世界)」に留まり続ける技術と言い換えることができるのです。

なぜ「多様性」があると野菜が育つのか?

中程度の攪乱によって「植物の多様性」が高まると、どんないいことがあるのでしょうか?

単に「いろんな草が生えていて綺麗」というだけではありません。実利的なメリットがあります。

害虫の大発生を防ぐ

多様な植物が生えていると、それを食べる多様な虫が集まり、さらにその虫を食べる「天敵(カマキリ、クモ、カエル、ハチなど)」が住み着きます。

  • 単一栽培の畑(攪乱強): 天敵が隠れる場所がないため、特定の虫が増え始めると誰も止められず、大発生につながります。
  • 多様な畑(攪乱中): 常駐している天敵たちが生態系のパトロールしているため、特定の虫だけが極端に増えることを防いでくれます(生物防除)。

「中程度の攪乱」は、野菜を守る「パートナー(天敵)」に住んでもらうための環境づくりでもあるのです。

実践!「中程度」を見極める草刈りのコツ

では、具体的にどのくらい刈れば「中程度」になるのでしょうか?

これはマニュアル化できませんが、原則があります。

「一律に刈るのではなく、調和するように刈る」

機械ですべてを均一になくすのは「強攪乱」です。

自然農では、植物の種類や場所を見て、刈る・刈らないを判断します。

  • 刈るべき草(K戦略):
    ススキ、セイタカアワダチソウなどの背が高くなる宿根草。これらは放置すると畑を独占して多様性を下げてしまうため、見つけたら優先的に刈り、勢いを調整(ボリュームダウン)します。
  • 残していい草(r戦略):
    ハコベ、ホトケノザ、ツユクサなどの背が低い一年草。これらは野菜の光を遮らず、地表の保湿や天敵の棲家になるため、良き隣人として残しておきます。
  • 刈る場所:
    野菜の株元や、光を遮る頭上の葉だけを刈り、通路の草は残すなどして調整します。

このように、「独占しそうな草の主張をなだめ、共存できる草を活かす」という匙加減こそが、中程度攪乱を維持するポイントなのです。

まとめ:人間は「攪乱の調整役」である

「自然農」という名前から、私たちは「自然に任せる=放置」と考えがちです。

しかし、生態学的に見れば、人間は畑という生態系における「調整役」です。

  • 刈りすぎれば、土が痩せて生き物が減る。
  • 刈らなすぎれば、藪になって野菜が育たない。

その間にある、野菜と多様な生命が共存できる「中庸(ちゅうよう)」の一点。

そこを維持するために、私たちは鎌を振るうのです。

「今日はどのくらい攪乱を与えようか?」

そんな視点で畑に立つと、草刈りが単なる作業ではなく、生態系と対話するクリエイティブな時間に変わるはずです。

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