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私たちは普段、当たり前のように野菜を育てていますが、植物の長い歴史から見ると、彼らは「とんでもない新参者」であり、「進化の最先端を走る異端児」であることをご存知でしょうか?
「なぜ野菜は、放っておくと雑草や木にすぐに負けてしまうのか?」
その答えは、彼らの生存能力が低いからではありません。
彼らが、「ある特殊な環境」でしか生きられないように、自らの身体を作り替えてしまったからです。
今回は、時計の針を4億年前に戻し、植物たちの壮大な進化のドラマを紐解いてみましょう。これを知れば、なぜ畑で「草刈り」が必要なのか、その本当の意味が見えてきます。

時計の針を約4億7000万年前に戻します。
最初の植物が海から陸へ上がったとき、そこは土などない、荒涼とした「岩の世界」でした。
最初に上陸したのは、現在のコケ植物や地衣類(ちいるい)の祖先たちです。
彼らは岩に張り付き、酸を出して岩を溶かし、自らの死骸と混ぜ合わせることで、気の遠くなるような時間をかけて「土(土壌の原型)」を作り出しました。
彼らは身体こそ小さいですが、何もない場所にへばりついて生きるタフさを持っていました。この「最初の土作り」があったからこそ、後の植物たちが根を張ることができたのです。
土ができ始めると、次は「いかに乾燥に耐え、身体を大きくするか」という競争が始まりました。
シダ植物を経て、やがてイチョウやマツなどの「裸子植物(らししょくぶつ)」が登場します。彼らは頑丈な「幹(木材)」を作り、何十年、何百年とかけて巨大化し、光を独占する戦略をとりました。
彼らの生き方:
つまり、植物の歴史の前半は、土を作り、森を作り、「植物=木(多年生)」として安定を目指すことが、王道の生存戦略だったのです。
しかし、地球の環境は激変します。
気候の寒冷化や乾燥が進み、「冬」や「乾季」が生まれました。さらに、火山活動や山火事、巨大な草食恐竜による採食や踏み荒らしなど、「大規模な破壊(攪乱)」が日常的に起きる時代がやってきました。
巨大な木でいることは、もはやリスクでしかありません。
そこで、被子植物(ひししょくぶつ)の中から、常識破りの進化をするグループが現れました。
「維持費のかかる硬い幹なんていらない。柔らかい身体ですぐに再生できればいい」
こうして生まれたのが「草本(そうほん=草)」という生き方です。彼らは身体を木質化させないことで、少ないエネルギーで素早く成長できるようになりました。
さらに環境が厳しくなると、もっと過激な戦略をとるグループが現れました。
「冬が来て枯れるなら、あるいは恐竜に食べられるなら、寿命なんて1年でいい。その代わり、全エネルギーを種(次世代)に残して死のう」
これが「一年草(Annuals)」の誕生です。
トマト、ナス、大豆、米、小麦……。私たちが畑で育てる野菜のほとんどは、この進化の末端に位置する「最新モデル」なのです。
ここで、植物たちの生き方を整理してみましょう。
生態学では、この対照的な2つの生き方を「r/K戦略(r/K選択説)」という理論で説明します。
畑の雑草を管理する上で、この理論は最強の武器になります。
r/K戦略の詳細については、こちらの記事を参照ください。

一年草(野菜)は、過酷な環境変化に対応するために、スピード重視の進化を遂げました。
その代償として、彼らは「競争力」を失いました。森のような安定した場所では、古参の「木」や「宿根草」に勝てません。
では、彼らの本来の居場所(ホームグラウンド)はどこなのでしょうか?
それは、進化の過程で彼らが適応してきた、「破壊(攪乱)された場所」そのものです。
洪水で植物が流された河原、土砂崩れの跡地、あるいは山火事の後の焼け野原……。
こういった「更地(ギャップ)」こそが、彼らにとっての楽園なのです。
ここに、自然農の核心があります。
なぜ、自然農では「適度な整理」が必要なのか?
それは、放っておくと森(K戦略の世界)に戻ろうとする畑に対し、人間が介入することで、「一年草が誕生したころの、変化に富んだダイナミックな環境」を再現してあげるためです。
生態学では、この絶妙なバランスを「中程度攪乱仮説」と呼びます。

農業とは、本来は森(K戦略)に戻ろうとする地球の表面を、人間が「耕起」や「草刈り」によって、1億年前の「一年草の楽園(r戦略)」の状態に固定し続ける行為と言い換えることができます。
やり方は違えど、目指しているのは「進化の最先端である一年草(野菜)が輝けるステージを作ること」です。
この進化のストーリーを知っていれば、鎌を振るう手が少し変わるかもしれません。
「ごめんな、K戦略の宿根草たちよ。ここは今、進化の新参者である野菜たちの場所なんだ」と。
コケたちが作った土の上で、植物たちの4億年の歴史に思いを馳せながら、それぞれの野菜に合った管理をしていく。それこそが、理に適った「自然農」の第一歩なのです。